入居者・家族からの相談・苦情にみる有料老人ホーム事業運営ワンポイント

 協会は、平成3年から苦情処理委員会を設置して、協会非登録ホームも含め全国の有料老人ホームの入居者等から多数の苦情等の相談をお受けしてきました。苦情等の相談は、ご入居者やそのご家族が有料老人ホーム事業に対して期待することをお聞かせいただくことができる機会であり、事業の発展にとって重要なメッセージです。

 そこで、このページでは協会が受け付けた相談・苦情をもとにして問題点を抽出した事例を掲げ、有料老人ホーム事業運営において注意すべき事項やヒントになる事項を苦情処理委員会のコメントとともにご紹介します。

入居契約の内容・変更・解約に関する相談・苦情に基づく設例

ご入居検討者の質問

有料老人ホームにおいて、契約する前に、申込の優先順位を確保するために、申込金の支払いを求められましたが、支払ったら返金されないのでしょうか。

相談者に対する苦情処理委員会のコメント

 申込金を支払った場合でも、申込を取り消すのであれば、申込金は全額返金されます。

事業者に対する苦情処理委員会のコメント

1.「申込金」は、必ず返金する預り金としてのみ受領が可能と考えられること。

 不動産取引における申込金(申込証拠金)は、消費者が入居申込書を提出する際に、「申込の優先順位を確保する目的」などで不動産会社が支払いを求める場合があるもので、金額は概ね家賃の1か月分です。この費用は、収受はできず、預り金として業者が契約成立時に返還義務を負うもので、東京都などの自治体は、申込金を受領しないよう不動産会社に指導を行っています。不動産仲介業では、不動産会社が申込金を返還拒否することは、宅地建物取引業法で禁止されています。

 上記に鑑みれば、有料老人ホームの月払い契約の場合に、申込時に申込金を受領し、契約締結またはキャンセルにより必ず返金する費用であれば、預かることは可能と考えられます。しかし、収受してしまう費用であれば老人福祉法施行規則第20条の9にある受領可能な費用(家賃、敷金、サービス費用)には当たらないため不適当と考えられます。また、一部の自治体においては「有料老人ホーム設置運営指導指針」に、「入居開始可能日前の契約解除の場合については、既受領金の全額または申込金を除いた全額を返還すること」と規定されています。

老人福祉法施行規則第20条の9
「法第二十九条第七項に規定する厚生労働省令で定めるものは、入居一時金、介護一時金、協力金、管理費、入会金その他いかなる名称であるかを問わず、有料老人ホームの設置者が、家賃又は施設の利用料並びに介護、食事の提供及びその他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として収受する全ての費用(敷金(家賃の六月分に相当する額を上限とする。)として収受するものを除く。)とする。」
2.「契約事務手数料」については、法令で受領が認められる費用ではないと解釈されること。

 ホームへの入居準備にかかる手間賃、諸経費などの名目で、家賃や敷金とは別に前払金を受領し、一括償却などを行う事業者があります。

 例えば不動産業では、家主が管理業者に「賃貸借契約の手続きを依頼」する場合に、事務委託の手数料を支払う場合があります。1万円~家賃の半月分が相場と見られています。東京都宅地建物取引業協会等では、家賃の半月分までを上限と定めています。

 この費用は、一般的に家主が依頼していることから、家主が負担するものとされています。このため、同協会ではこの手数料の受領は、入居者でなく家主からのみ行うことと定めています。

 不動産業の商習慣に鑑みても、契約事務手数料の性質は「事務代行の労務費」であり、有料老人ホーム事業者自身が入居者から収受できる性質の費用ではなく、上記法令の、ホームが受領できる家賃には該当しないと考えられます。

ご家族の質問

母が現在入院中で、退院後にホームに入居するつもりでいました。ホームの営業担当者から催促され、退院前に入居契約を締結し、家賃の前払金を入金しました。しかし、母の病状が悪化して予定していた頃に退院できずそのまま死去したため、入居契約を解除しました。
締結した入居契約書では、入金した日が入居日となっており、実際は入居していないにもかかわらず、入金日に入居したとみなされ、前払金のうち、「入金日」から契約終了日までの家賃分を請求されました。これは、支払わなければならないのでしょうか。

相談者に対する苦情処理委員会のコメント

 家族から、入金日が入居日であると認識がないまま入居契約を結んでしまったため、寄せられた苦情です。

 法律では、老人福祉法第29条第8項に従って、前払金の返還金の算定方法等について入居契約書に明記しなければなりません。前払金について、事業者は入居者から「入居した日」から契約の終了日までの経過日数に対応する家賃を収受することができます。従って、

老人福祉法第29条第8項
「有料老人ホームの設置者は、前項に規定する前払金を受領する場合においては、当該有料老人ホームに入居した日から厚生労働省令で定める一定の期間を経過する日までの間に、当該入居及び介護等の供与につき契約が解除され、又は入居者の死亡により終了した場合に当該前払金の額から厚生労働省令で定める方法により算定される額を控除した額に相当する額を返還する旨の契約を締結しなければならない。」
①前払金を支払い、実際は居室に入居していないが鍵の引渡しを受けている場合:

 「入居契約日」から「鍵の引渡し」を受けた日等、「実際の居室利用とみなされる日」までの家賃は支払う必要はありません。しかし、「鍵の引渡し」を受けた日等、「実際の居室利用とみなされる日」から「契約終了日」までの家賃は支払う必要があると考えられます。

②前払金を支払い、鍵の引渡しもなく実際に居室を利用していなかった場合:

 実際入居していなかったので、前払金の有無にかかわらず、支払うべき家賃は全く発生しないことになります。従って、契約時に支払った前払金は、全額返金されます。しかし、当協会発行の有料老人ホーム標準入居契約書第44条では、事業者は、入居契約期間中に事業者に発生した費用の実費のみ(例:印紙税や表札作成費用等)を入居予定者に請求することができる旨の規定を置いています。

※通常の場合は、時間順に次のようになると考えられます。
「入居した日」は、月額利用料の起算日となります。
「入居した日」の翌日から、前払金の償却が開始されます。
「入居した日」がいつになるのか、
入居契約を結ぶ前・前払金を入金する前に、確認が必要です。

事業者に対する苦情処理委員会のコメント

 「入金日」については、有料老人ホーム標準指導指針第11項12契約内容等(1)契約締結に関する手続き等二を解釈の原則としています。したがって、入金日は入居日より前の日に設定するのが通常だと考えます。

有料老人ホーム標準指導指針第11項12契約内容等(1)契約締結に関する手続き等二
「前払金の内金は、前払金の20%以内とし、残金は引渡し日前の合理的な期日以降に徴収すること。」
有料老人ホーム標準指導指針第11項12契約内容等(1)契約締結に関する手続き等三
「入居開始可能日前の契約解除の場合については、既受領金の全額を返還すること。」

 また、当協会発行の「有料老人ホーム入居契約書」上の「入居日」は、入居者が実際「入居した日」を指し、事業者と入居者があらかじめ合意した「入居予定日」と別の事後記載としています。契約上の例外規定として、入居者の便宜のために、例えば、入居する前に私的所有物を持ち込むなどの便宜のために、「居室の鍵の引渡し日⇒入居者の居室の専有日」を設定することがあります。

 老人福祉法第29条第8項では、前払金の返還に当たっては、「入居した日」を返還金計算の起算日としていることからも、「入居契約締結日」をもって「入居日」とする、又は、契約締結に当たって前払金を支払った日=「入金日」をもって「入居日」とする考え方はルール違反であるといえます。

老人福祉法第29条第8項
「有料老人ホームの設置者は、前項に規定する前払金を受領する場合においては、当該有料老人ホームに入居した日から厚生労働省令で定める一定の期間を経過する日までの間に、当該入居及び介護等の供与につき契約が解除され、又は入居者の死亡により終了した場合に当該前払金の額から厚生労働省令で定める方法により算定される額を控除した額に相当する額を返還する旨の契約を締結しなければならない。」

 入居日等の設定に当たっては、事業者は入居契約を結ぶ時点で、入居者や家族に、前払金の償却始期、利用料の起算日、返還金の起算日等についてしっかり説明した上で、入居者及び事業者双方の同意のもとで設定する必要があります。

東京都消費者被害救済委員会は、平成27年12月9日、ご家族から同じような内容の相談で、「介護付有料老人ホーム退去時の返還金に係る紛争」あっせん解決についての報告書を公表しました。下記よりご参照ください。
http://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.jp/sodan/kyusai/funsou151209.html

ご家族の質問

ホームに入居している母が一時的に病院に入院していますが、その入院期間中もホームに食費の支払いを求められています。家賃や管理費を払い続けるのは理解できますが、食費もかかることには納得できません。

相談者に対する苦情処理委員会のコメント

 食費の設定には、ホームによって、①食費として厨房維持費と食材費等をまとめて包括利用料を設定する場合、と②喫食にかかわらず厨房維持費としての固定費と、喫食によって食材費等の料金が変わる費用を分けて設定する場合の2種類の費用設定が考えられます。

 そのため、入院期間中において、①の場合は食材仕入れ管理等の理由で欠食時においても返金を行わない場合があります。②の場合は、食材費等の分を返金する場合があります。

 入居者側としては、ホームから請求された食費の内訳や算定基礎の十分な説明を求め、支払いの正否をご判断いただくとともに、入居する前に、食費や管理費等の月払い費用に関しても、入居契約書や管理規程等で事前にその算定根拠や支払方法を理解しておいていただくことがとても重要です。

事業者に対する苦情処理委員会のコメント

 喫食していない分の食費の取り扱いについては、有料老人ホーム標準指導指針第11項「利用料等」(1)三「介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価(以下「サービス費用」という。)」(イ)の規定に注意が必要です。

有料老人ホーム標準指導指針第11項「利用料等」(1)三「介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価(以下「サービス費用」という。)」(イ)
「入居者に対するサービスに必要な費用の額(食費、介護費用その他の運営費等)を基礎とする適切な額とすること。」

 固定費相当額を請求しようとする場合においては、固定費相当額の金額がいくらで、その金額については喫食しなくてもお支払いいただく必要があることを入居契約書、管理規程、重要事項説明書等で明確に規定してあるかどうかを確認する必要があります。

ご入居者の質問

事業者から料金値上げの通知が届き、戸惑っています。

相談者に対する苦情処理委員会のコメント

 有料老人ホーム設置運営標準指導指針でも、入居契約締結後に、法制度や物価の変動等社会・経済情勢の諸変動に起因する合理的な利用料金等の改定は、可能としています。しかし、入居者に対し事業者から改定となる根拠の説明は必ず必要です。

事業者に対する苦情処理委員会のコメント

 入居後の各種利用料金の改定問題は、入居者及び事業者の双方にとって非常に重要な契約記載事項ですので、入居契約書の締結に当たっては、入居契約書の締結前に、事業者からの十分な事前説明が必要な事項です。

 次に、入居契約書や管理規程等において、事業者は、上記諸事情の変動により、管理費、食費等の料金の改定を行うことができる旨を明確に規定しておくこと、及び、実際に料金の改定が必要となったときは、運営懇談会等の場で、入居者に当該料金の改定の必要性とその根拠などをしっかりと事前説明すること等を入居契約書に定めておくことが有料老人ホーム標準指導指針第12項「契約内容等」(2)「契約内容」(三)で求められています。

有料老人ホーム標準指導指針第12項「契約内容等」(2)「契約内容」(三)
「利用料等の改定のルールを入居契約書又は管理規程上明らかにしておくとともに、利用料等の改定に当たっては、その根拠を入居者に明確にすること」

 従って、入居契約書等にその改定ルールの定めもなく、又、入居契約書等に当該改定規定はあっても、実際に運営懇談会等を開いて入居者に事前説明もない、また、合理的根拠を有しない突然の料金値上げ通知は、契約違反の恐れがあるといえると考えるべきでしょう。

その他の相談・苦情に基づく設例

ご入居者の質問

契約当事者であるホーム運営事業者の主要な出資者が変更され、かつホーム運営事業者を含めたグループ会社の再編を行う旨の通知を受けたのですが、詳細の説明がなく、不安です。

相談者に対する苦情処理委員会のコメント

 入居者にとっては、事業者又は事業会社(契約当事者)の経営のあり方の変更は、重大な関心事です。事業者からの説明がないのであれば、入居者から説明を求める必要があります。

 事業会社の主要出資者の変更に当たっては、事業者は、入居者に対し出資者変更に関する可能な限りの情報を提供すべきであり、入居者の理解を得る努力が必要です。

事業者に対する苦情処理委員会のコメント

 これは、契約当事者である事業者の事業譲渡ではなく、事業者の主要出資者の変更であるため、入居者と締結済みの入居契約の変更は形式上発生しないというケースです。しかしながら、主要出資者の変更は、結果として事業会社の経営方針や経営理念の変更を伴うことがあり得、実際に、主要出資者の変更を契機として当該ホームの入居契約の見直しが行われるケースも多々発生しており、契約当事者である入居者にとって主要出資者の変更は重大関心事の一つであるといえます。

 事業者も、主要出資者の変更が行われる場合は、可能な限りの情報開示に努め、入居者の理解を得る努力を行うべきと考えられます。

補足説明

 ホームの入居契約は、入居者にとっては、終身にわたる住まいや生活に直接関係する終身利用契約ですので、契約の一方の当事者である事業者が入居者の信頼に値するかどうかは非常に重要です。また、入居検討者が入居先を選択するにあたって、最終的に重視するポイントです。

 従って、事業会社の主要出資者の変更により、当該ホームの経営のあり方に大きな変更が発生することもあり得ることに鑑み、事業者又は事業会社の出資者の変更に関しては、入居者等に対して、可能な限りの情報を開示すべきと考えられます。

 情報の開示に当たっては、株主総会決議など一定の公式のプロセスを経ないと開示できない事情もあるかと思われますが、その場合であっても、具体を伏せた上で、どのような人/法人なのか、事業者として、新たな出資者が信頼できると判断した理由、その出資者との間で入居者の権利保護に関してどのような合意があるか等を可能な限り説明するなど、入居者の思いに可能な限り沿い、入居者保護の観点に立った誠意ある説明を行うことが求められます。